事件の基本情報
事件番号:令和5年(ワ)第70299号
事件名:損害賠償請求事件
所轄裁判所:東京地方裁判所
裁判所名:東京地方裁判所民事第8部
裁判官:泉地 賢治
裁判所書記官:佐々木 ルミ子
判決の概要
原告(A社)の元代表取締役被告M氏および元取締役被告K氏が、K氏の代表を務めるG社と締結した業務委託契約が利益相反取引にあたり無効であること、およびアクティブ化条件を確認せずインセンティブを支払ったことが善管注意義務違反にあたるとし、約6000万円の損害賠償を求めた事案。裁判所は、形式上は利益相反にあたるが、実質支配株主の承認や合理的経営判断の範囲内であるとし、原告の請求を全て棄却した。
勝訴者の提示
「勝訴したのは、被告 です」
判決を一言で解説
取締役の利益相反取引や善管注意義務違反を理由とした約6003万円の損害賠償請求に対し、裁判所は「実質的な承認があり、かつ合理的な経営判断であった」として、原告の請求を全面的に退ける判決を言い渡した。
判決文全文文字起こし
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令和8年1月23日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
令和5年(ワ)第70299号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日 令和7年10月21日
判決
東京都中央区(以下、番地略)
原告 A株式会社
同代表者代表取締役 W
同訴訟代理人弁護士 A1
東京都港区(以下、番地略)
被告 M
同訴訟代理人弁護士 B1
東京都足立区(以下、番地略)
被告 K
同訴訟代理人弁護士 C1
同 D1
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告らは、原告に対し、連帯して6003万2500円及びこれに対する令和5年6月4日から支払い済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、①原告が、原告とG株式会社(以下「G社」という。)との間の業務委託契約の締結が、原告の代表取締役兼取締役であった被告M(以下「被告M」という。)が原告を代表して、原告の取締役であった被告K(以下「被告K」という。)がG社の代表取締役としてG社を代表して行ったものであり、上記契約は利益相反取引であり、原告の株主総会の承認を受けておらず、無効であるから、上記契約に基づくインセンティブの支払義務がないにもかかわらず、令和4年7月から同年9月まで、そのインセンティブを支払ったものであり、そのインセンティブの支出は上記契約の締結により生じた原告の損害であると主張して、会社法423条1項に基づき、また、選択的に、②被告らが、上記契約に定められたインセンティブの支払についてはアクティブ化をその支払条件としていたにもかかわらず、これを緩和して、アクティブ化を確認することなく、上記契約に基づくインセンティブを支払ったのは、上記契約に基づくインセンティブの支払義務がないにもかかわらず、そのインセンティブを支払ったものであり、善管注意義務に違反し、そのインセンティブの支出は損害であると主張して、会社法423条1項に基づき、被告らに対し、連帯して、6003万2500円及びこれに対する履行請求の後の日である令和5年6月4日(被告らに対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による延滞損害金の支払を求めるものである。
2 前提事実(後掲各証拠(特記しない限り枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、令和2年3月12日に設立された、インターネット及び情報処理端末機器を利用した情報提供サービス、通信販売業務等を目的とする会社であり、取締役会非設置会社である。原告は、令和3年3月12日、「S1株式会社」から「J1株式会社」に商号変更し、令和7年3月28日、「J1株式会社」から「A株式会社」に商号変更した。(甲2、弁論の全趣旨)
W(以下「W」という。)は、原告の設立時からの取締役であり、令和4年12月1日、原告の代表取締役に就任し、令和4年12月16日以降、原告の唯一の取締役兼代表取締役である。(甲2、弁論の全趣旨)
H1株式会社(以下「H1社」という。)は、平成25年6月6日に設立された、ソフトウェアの開発及び開発受託業務等を目的とする会社であり、その設立時からY(以下「Y」という。)が取締役兼代表取締役であり、令和4年11月7日に、Yが取締役兼代表取締役を辞任し、Wが取締役兼代表取締役である。(乙1、2)
Yは、平成15年3月30日に、Wと婚姻し、令和2年4月24日に離婚した。(丙38の1)
R(以下「R」という。)は、平成21年6月6日生まれのWの子である。(丙38の1)
イ 被告Mは、弁護士であり、令和2年8月31日、原告の取締役兼代表取締役に就任し、令和4年12月1日、原告の代表取締役を辞任し、同年12月12日、原告の取締役を辞任した者である。(甲2、3)
ウ 被告Kは、被告Mの知人であり、令和3年3月12日、原告の取締役に就任し、令和4年12月12日、原告の取締役を辞任した者である。被告Kは、営業担当取締役であった。(甲2、27、弁論の全趣旨)
被告Kは、G社の代表取締役である。(丙2)
エ H2(以下「H2」という。)は、被告Kの知人であり、令和3年11月29日、原告の取締役に就任し、令和4年12月16日、原告の取締役を辞任した者である。(甲2、弁論の全趣旨)
H2は、株式会社SO(以下「SO社」という。)の代表取締役である。
(2) 原告とG社との間の契約の締結
原告及びG社は、令和4年6月1日、被告Mが原告を代表して、被告KがG社を代表して、原告がG社に対し、AI搭載の次世代型監視カメラ「J2」(以下「本件商材」という。)の案内及び申込勧誘、申込書等の送付及び回収業務等を委託する次の内容を含む業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。(甲5〜7)
ア 対象期間、獲得インセンティブ等の内容及び支払条件等(甲5・6条3項、甲7・1条)
(ア) 対象期間
令和4年6月1日〜同年12月末日
(イ) プラン
SD保存プラン 無線ルーター
(ウ) 提供元
原告
(エ) 支払方法
年一括
(オ) 対象期間及び提供金額(顧客の利用料)
a 初年度 6600円(月額550円)
b 2年目以降 1万3200円(月額1100円)
(カ) 1台当たりの獲得インセンティブの金額(1回限り)
1万6500円(以下「本件インセンティブ」という。)
(キ) 本件インセンティブの支払条件
対象期間中にG社の取り次いだ顧客(以下「本件顧客」という。)と原告が本件商材の利用に係る契約(以下「本件利用契約」という。)を締結し、本件利用契約が有効に存続し、原告が本件商材のアクティブ化(対象アプリケーションへのカメラ追加)を確認できている場合(以下「本件アクティブ化の支払条件」という。)において、毎月末日にて締め、翌月25日までに、原告はG社に対して、1万6500円(本件インセンティブ)を支払うものとする。(以下、(ア)〜(キ)の販売プランを「本件特別プラン」という。)
イ 顧客対応(甲7・2条)
本件顧客について以下の問合せがあった場合はG社が一次窓口となりG社の責任において対応するものとする。
①本件商材及び無線LANルーターの設定・設置方法
②本件商材及び無線LANルーターの設置依頼
③本件商材及び無線LANルーターの使用方法
ウ 禁止事項(甲5・4条1項7号、6条)
G社は、委託業務を遂行するにあたり、業務委託手数料(獲得インセンティブを含む。)の全部又は一部を顧客候補に金銭等で還元する等、本件商材の使用料金等の減免を謳い顧客候補を誘引すること。ただし、原告がG社に対し、別途定めた方法及び指示がある場合は、この限りではない。
エ 再委託(甲5・7条)
G社は、委託業務を第三者に再委託してはならないものとする。ただし、原告の事前の書面承諾を受けた本件商材並びに再委託に関しては、再委託を可能とする。なお、再委託を認めた場合においても、G社は再委託先に対して本件契約でG社が負う同等の義務を負わせるものとし、再委託先の行為について、一切の責任を負うものとする。
(3) 本件契約に基づく代金支払
ア G社及びSO社は、令和4年6月1日、SO社に対し、本件インセンティブの金額を1万5400円とする点を除き、本件契約と概ね同様の本件商材の案内及び申込勧誘、申込書等の送付及び回収業務等を委託する業務委託契約を締結した。(甲18、19)
イ SO社などの代理店を通じて、原告と本件顧客との間で本件利用契約が締結されたことにより、G社は、本件契約に基づき、原告に対し、令和4年6月から同年8月までの本件利用契約締結に係る本件インセンティブの支払を請求した。
原告は、次の「インセンティブ請求額・支払額」の表のとおり、令和4年7月から同年9月まで、G社に対し、令和4年6月から同年8月までの本件利用契約締結に係るインセンティブ合計6003万2500円を支払った(以下「本件インセンティブ支払」という。)。(甲8〜13)
表:インセンティブ請求額・支払額
| 請求対象 | 請求額 | 対象契約件数 | 支払日 |
| :--- | :--- | :--- | :--- |
| 令和4年6月契約獲得分 | 59万9500円 | 36件 | 令和4年7月25日 |
| 令和4年7月契約獲得分 | 1057万6500円 | 641件 | 令和4年8月25日 |
| 令和4年8月契約獲得分 | 4885万6500円 | 2961件 | 令和4年9月22日 |
(4) 本件訴え提起
原告は、令和5年5月26日、本件訴えを提起した。
3 争点
(1) 本件契約に係る利益相反取引該当性、株主総会の承認等及び権利濫用並びに損害
(2) 本件インセンティブ支払に係る善管注意義務違反及び損害
(3) 本件請求に係る権利濫用該当性
4 争点に関する当事者の主張
(1) 本件契約に係る利益相反取引該当性、株主総会の承認等及び権利濫用並びに損害
【原告の主張】
ア 本件契約は、原告を被告Mが代表し、G社を被告Kが代表して締結されたものである。また、本件契約に基づく本件インセンティブ支払についても、被告Kの指示によりG社が請求し、被告Mが支払を承認し、実行している。
したがって、本件契約の締結及びそれに基づく本件インセンティブ支払は、原告の取締役である被告Kが、第三者である被告Kが代表取締役を務めるG社のために、原告と取引する場合に当たり、利益相反取引に該当する。
イ 株主総会の承認等はなく、権利濫用に当たらないこと
原告は取締役会非設置会社であるため、利益相反取引を適法に行うためには株主総会の承認が必要であった。しかし、本件契約に関する株主総会の承認はされていない。
(ア) 令和4年5月6日の経営会議(以下「本件経営会議」という。)において、本件契約の締結について承認されているとは評価できない。また、経営会議は原告における取締役の会議体に過ぎず、株主総会と同視することもできない。そして、本件経営会議で提案されたプランの契約期間が1年間であることについて、本件経営会議で説明や承認がされたことはない。
(イ) WとH1社及びRとはいずれも別人格であり、Wが本件契約の締結を承認したとしても、原告の株主であるH1社及びRが承認したことにはならない。
(ウ) 本件契約についての具体的な契約内容が開示されていれば、原告の株主が承認していたとはいえず、実際、本件訴え提起後、原告の株主からは追認を否定されている。
(エ) したがって、本件契約につき株主総会の承認を得ていたということはできず、また、原告が株主総会の承認の欠缺を主張することが信義則違反、権利濫用に当たることもない。
ウ 損害が生じたこと
原告は、株主総会の承認を得ることなく、G社との間で、本件契約を締結したものであり、本件契約は無効である。
したがって、原告は、本件契約は無効であるにもかかわらず、原告は、G社に対し、支払義務のない本件インセンティブ(合計6003万2500円)を支払ったのであるから、原告には6003万2500円の損害が生じた。
【被告らの主張】
ア 本件契約は利益相反取引に該当しないこと
原告が本件商材の販売をするにあたっては、原告には営業活動を担当する従業員がいなかったため、営業代理店を利用して販売する必要があり、営業代理店を用いて年内に一定数の販売台数を獲得するためには、営業代理店にとって魅力的といえるインセンティブを営業代理店に支払う必要があった。G社は、営業代理店業務の実績と経験がある会社であり、また、営業代理店として、本件商材の試作機であるJ2ベータを販売した際に実績をあげていたことから、原告が、営業代理店を用いて本件商材を販売するにあたって、G社と本件契約を締結することは、合理的かつ必要なものであった。
したがって、本件契約の締結は、その内容が公正かつ合理的で、原告の利益が害されるおそれはないといえ、株主総会の承認が必要な利益相反取引には該当しない。
イ 株主総会の承認等があること、権利濫用に当たること
(ア) 株主総会の承認と同視できる承認を得ていること
a 原告は、資金調達を経て、令和2年12月2日に株主説明会(以下「本件株主説明会」という。)を開催し、Wは、被告Kが原告の営業担当取締役に就任すること、G社を原告の1次代理店とする階層型営業代理店網を構築すること、本件商材を低価格で配布し市場を獲得することを説明した。これを受けて、原告は、令和3年2月28日、G社との間で営業支援契約及び本件商材の試作機を対象とする業務委託契約を締結し、被告Kは、同年3月12日付け臨時株主総会決議により、原告の取締役に就任した。
原告は、その後にも資金調達を実施したが、この資金調達の際も、原告は、出資候補者に対して、原告の社内体制として被告Kが営業担当取締役であり、被告Kが代表取締役を務めるG社を代理店とし、営業代理店網を構築して販売するという戦略を説明している。
以上の事情からすると、原告の株主は、原告が取締役会非設置会社であるため、取締役の合議により原告の意思決定がなされていることを認識しており、本件株主説明会において説明された事項、二度目の資金調達の際に説明された事項についての営業戦略及び具体的施策の立案及び実行について、取締役の合議に委任したとみることができる。
b 本件経営会議において、本件商材の販売プランが取締役に対して説明され、取締役全員の賛成によって承認され、当該承認内容に沿った本件契約が締結された。
c 原告においては、株主総会の開催実績はあったものの、令和4年10月までの間において、原告の株主である取締役及びその関係会社以外の少数株主が、委任状の提出によらずに現実に出席したことはなく、その頃までの間において、株主総会において議案に反対する株主もいなかった。
d したがって、本件契約は、本件株主説明会により承認されたG社への営業代理店業務の委託、市場を獲得するために本体価格を低廉に抑えた本件商材の販売プランといった営業戦略及び具体的施策の立案及び実行についての取締役の合議体への委託に基づき、本件経営会議で承認され、締結されたものといえるのであるから、原告の全株主の明示又は黙示の同意があったというべきであり、仮に、それが認められないとしても、株主総会の承認を得ていたものと同視できる。
(イ) 権利濫用
a 前記(ア)の事情に加え、本件経営会議において、本件契約の重要な内容となる、G社が契約当事者であること及び本件インセンティブの内容が、H1社及びRが有する原告の株式の実質的な所有者であるWを含む合計61.6%の議決権を有する株主(W(実質的に)36.1%、被告M21.0%、被告Kが代表するG社4.2%、SO社0.3%)により承認され、その後に15.5%の議決権を有する株主であるB2社から派遣され、令和4年5月30日に社外取締役に就任したSA(以下「SA」という。)も事後的に承認しており、これを含めると77.1%の議決権を有する株主により承認されたといえ、仮に、本件契約の締結(令和4年6月1日)の前に現実に株主総会が招集され、本件契約の締結につき決議がとられたとしても、承認されていたことが推認でき、否決される可能性はなかった。
b 以上に加え、Wは、本件インセンティブをG社に支払う内容のメールを確認したが、異議を述べることなく容認したことから、原告がG社と本件契約を締結すること及びG社に本件インセンティブを支払うことのいずれについても容認していたといえる。
Wは、原告の唯一の取締役兼代表取締役であるなど、原告を支配しているため、原告と同視することができるから、信義則違反、権利濫用の成立を検討するに当たって、Wの信義則違反、権利濫用については、原告の信義則違反、権利濫用と同視することができる。
c したがって、本件契約の基になる戦略を提案し、本件経営会議において本件契約の内容を承認し、本件契約の締結について株主総会の開催を提案することもなかったWが支配する原告が、本件契約の締結後になって、本件契約の締結が利益相反取引に該当し、会社法上必要とされる株主総会決議を欠いていると主張することは、矛盾挙動であり、禁反言として、信義則に違反し、権利濫用に当たり、許されない。
ウ 損害はないこと
(ア) 商行為として営業活動を会社に委託した場合に、当該会社にその費用を支払うのは当然であるから、原告がG社に本件インセンティブを支払うこと自体を損害と観念することはできない。
(イ) 営業代理店に支払われるインセンティブの金額については、本件利用契約を単年度(1年目)の観点からみた場合でも、2年目以降の予想継続率の観点からみた場合でも、いずれも原告にとって適切かつ必要な支出といえるから、本件利用契約を1件獲得することに対してインセンティブを支出することは、原告にとって不合理な支出とはいえず、損害ではない。
(ウ) 本件契約の締結が、利益相反取引に該当し、無効であるか否かに関わらず、G社が営業代理店網を構築し、営業代理店が本件利用契約を獲得した以上、それに対して原告がインセンティブを支払うことは必要な支出であって、損害ではない。
(2) 本件インセンティブ支払に係る善管注意義務違反及び損害
【原告の主張】
ア 本件インセンティブ支払に係る善管注意義務違反
(ア) 本件特別プランの初年度利用料は6600円(消費税込み)であるのに対し、本件インセンティブが1万6500円(消費税込み)であった。そのため、契約期間を1年とすると、初年度のみ利用して2年目は継続しないというインセンティブ狙いの不正行為が多発するおそれがあり、営業代理店による不正行為を防止するために、本件アクティブ化の支払条件を設定したのであるから、被告らは本件インセンティブの支払に際しては、本件アクティブ化の支払条件をみたしているか否かを厳格に審査する必要があった。
(イ) 本件特別プランにおいては、前記(ア)のとおり、1年間の契約期間の利用料を大幅に上回る本件インセンティブが設定されていたのであり、類型的に営業代理店による不正のリスクが高かったこと、不正防止のために設定されていた本件アクティブ化の支払条件の充足が確認できていなかったこと、金銭的にも原告の経営にとってインパクトの大きい支払であったことから、顧客について調査するのは取締役として必須であった。そして、SO社は、SO社の代表取締役でもあり、本件インセンティブの支払によって利益を受ける立場にあったのであるから、その説明を鵜呑みにせず、本件アクティブ化の支払条件をみたさないままに本件インセンティブを支払うのであれば、顧客の属性や具体的な利用方法を調査し、実際に本件商材を利用する目的であるのか、また、2年目以降も継続利用することが見込まれるのかを、被告ら独自の立場から確認する必要があった。
そうであるにもかかわらず、被告らは、顧客について何ら調査しておらず、本件インセンティブの支払について判断する前提としての必要な情報収集を行っていなかった。また、原告の社内で、本件インセンティブの支払につき、検討された形跡はなく、少なくともWは本件アクティブ化の支払条件をみたさないまま、本件インセンティブを支払うことについて認識しておらず、相談も受けていない。
そして、被告らは、本件インセンティブを支払う当時、顧客がアクティブ化をしたかどうかについての客観的なデータが存在していたにもかかわらず、確認しなかった。
(ウ) 被告らは、営業代理店との良好な関係を維持するという目的で、アクティブ化を確認せず、本件インセンティブを支払うのであれば、少なくとも、営業代理店との間で本件インセンティブの支払について協議するなどの対応がされてしかるべきであるにもかかわらず、被告らはそのような対応を一切していない。
(エ) したがって、被告らが、本件アクティブ化の支払条件を緩和し、本件インセンティブを支払ったことは、経営判断として合理性を欠く。
よって、被告らが、本件契約において本件アクティブ化の支払条件が付されているにもかかわらず、上記支払条件を充足しないまま、本件インセンティブ支払をしたことは善管注意義務に違反する。
イ 損害が生じたこと
被告らが、本件アクティブ化の支払条件を充足していないにもかかわらず、令和4年7月から9月にかけて、G社に対し、支払う必要のない本件インセンティブ合計6003万2500円を支払ったのであるから、原告には6003万2500円の損害が生じた。
【被告らの主張】
ア 本件インセンティブ支払について善管注意義務違反はないこと
(ア) 本件アクティブ化の支払条件を緩和したことは合理性を有すること
a 本件特別プランは、法人契約に限定され、契約台数が多く、また、法人の場合、すべての本件商材をすぐに設置するわけではないことが想定され、原告が実際に現地に行きアクティブ化をその都度確認するのは現実的ではないと考えられたため、アクティブ化は原告のシステム上で確認することが予定されており、当該機能が令和4年6月〜同年7月頃には完成している予定であった。しかし、原告の開発部による開発の遅れにより、上記機能の完成が遅れ、正確なアクティブ化の数を確認することができず、本件インセンティブの支払当時、本件商材がアクティブ化されたか否かを個別に確認することは事実上不可能であった。
本件特別プランの販売には、営業代理店の協力が不可欠であるところ、原告に責任があるシステム開発の遅れにより、1次代理店であるG社に対して本件インセンティブを支払わなかった場合には、その傘下の営業代理店に対しても本件利用契約に係るインセンティブが支払われず、営業代理店との関係が損なわれてしまい、結果的に原告が掲げた本件商材の販売目標を達成できなくなることが予想できたため、被告ら及びSO社が協議し、本件利用契約の獲得の実績を挙げている営業代理店との良好な関係を維持し、本件特別プランの販売に引き続き協力してもらうために、本件アクティブ化の支払条件を緩和して、本件インセンティブを支払うことを決定したのであり、この判断は、当時の被告らが得ている情報及び置かれた状況からして、不合理なものということはできない。
b 財務面においては、本件顧客が支払う利用料は、アクティブ化の有無にかかわらず、本件利用契約の締結の翌月末までに原則として12か月分(前払)が直接原告に支払われるため、本件アクティブ化の支払条件の緩和は、原告の売上げやキャッシュフローに影響しない上、原告の取締役全員が賛成したあらかじめ決められた予算枠の範囲内の支払が発生するにすぎないから、本件アクティブ化の支払条件の緩和によっても原告の財務面には影響がないことに鑑みれば、被告らが、原告において本件アクティブ化の支払条件の緩和により生じる弊害を甘受すべきと判断したことを不合理ということはできない。
(イ) 調査義務違反はないこと
a 本件経営会議において、本件インセンティブを支払うと営業代理店が不正行為を行うリスクがあるという議論は一切されておらず、認識されていないから、本件インセンティブの金額(1万6500円)が本件顧客が1年目に支払う利用料(6600円)を上回っていることは、被告らに本件アクティブ化の支払条件を緩和する前に、本件利用契約を締結した本件顧客に利用目的があるかどうかを調査する義務が発生する根拠とはならない。
b 原告において本件特別プランの営業活動は、被告K及びSO社に任されており、本件アクティブ化の支払条件の緩和の判断時点及び令和4年6月分〜同年8月分の本件インセンティブの支払時点のいずれにおいても、被告らにおいて、SO社から、本件顧客が本件商材の利用を目的としていないことをうかがわせるような報告はなく、それ以外にも合理的な疑いを抱かせるような事実は認められず、SO社からの報告内容を疑うべき事情は存在しない。
c 本件利用契約の契約期間は1年間であり、本件アクティブ化の支払条件は2年目以降の本件利用契約の締結を促す目的で導入されたものではない。本件商材の不具合が原因で本件顧客が本件利用契約の継続を止めた場合には、営業代理店には責任はなく、原告は営業代理店に対するインセンティブを支払わなければならないのであるから、令和4年6月分〜同年8月分の本件インセンティブの支払時点において、被告らにおいて本件顧客に対して2年目以降の本件利用契約の見込みを調査すべき義務があったということはできない。
d 本件アクティブ化の支払条件の趣旨は、あくまで営業代理店に対し、顧客がより早いタイミングで利用開始するよう積極的にサポートすることを動機づけることで、本件商材の宣伝効果を高めることにあって、アクティブ化確認の趣旨の一つに、代理店による不正行為を防止するためとの原告の主張は、後付けの主張である。
(ウ) 結論
よって、被告らが、本件アクティブ化の支払条件を緩和して本件インセンティブを支払ったことは、本件アクティブ化の支払条件の趣旨、原告のシステムにおける当時のアクティブ化の確認状況、本件インセンティブの支払の必要性、本件インセンティブの支払による原告の財務上の負担等に鑑みると、その決定の過程、内容に著しく不合理な点はなく、それ以上に被告らにおいて調査義務が発生する事情は認められないのであるから、その判断の過程、内容が取締役として著しく不合理なものとはいえず、被告らに善管注意義務違反はない。
イ 損害はないこと
前記(1)の【被告らの主張】イのとおり、原告がG社に対し本件インセンティブを支払うこと自体は損害とはいえない。
(3) 本件請求に係る権利濫用該当性
【被告らの主張】
本件請求は、原告の被害回復を目的とするものでなく、W自らが原告を支配するために生じさせた原告の会社価値の毀損を糊塗し、自らへの批判を封じ、全ての批判の矛先を被告らに向かせることが目的的なのであって、善管注意義務違反に基づく損害賠償請求の制度趣旨を逸脱している。
また、前記(1)及び(2)の【被告らの主張】のとおり、Wは、本件契約の締結及びG社への本件インセンティブの支払を容認しており、また、Wは、訴訟外において被告らを畏怖させる行為等をしており、Wが支配する原告が、本件契約の締結が利益相反取引に該当し、会社法上必要とされる株主総会決議を欠いていると主張して、損害賠償請求をすることは、矛盾挙動であり、禁反言として、信義則に反し、権利濫用に当たり、許されない。
よって、本件訴訟は、Wが、他の取締役を徹底的に攻撃、排除して得た原告の唯一の取締役兼代表取締役という立場を利用して提起されたものであり、W自身が原告を支配するために生じさせた原告の会社価値の毀損に対する批判を封じ、批判の矛先を被告らに向かせることを目的としており、その訴訟遂行においては、訴訟外で、被告ら及びその代理人弁護士に対して圧力をかけ、メールでも同人らの本件訴訟での主張内容について攻撃し、信義にもとるものであるから、訴訟上の権能を濫用したものというべきであり、原告が損害賠償請求権を行使して、本件請求をすることは、信義則違反、権利濫用と評価されるべきであり、許されない。
【原告の主張】
原告は被告らによる本件インセンティブ支払によって損害を被っており、その損害を回復する必要がある。原告における唯一の取締役はWであることから、その職責を担うことができるのはWのみである。
また、Wは、本件契約の締結、本件インセンティブの支払がされた当時、技術担当役員であったにすぎず、本件契約の締結及び本件インセンティブの支払に関与していなかった。Wは、いわばクリーンハンドの立場にあり、本件訴訟を担当する者として適任である。
原告の株主は、本件契約の締結の追認を否定し、被告らに対する民事上、刑事上の責任追及を望んでいる。そのような期待に応える意味でもWが原告の代表者として本件訴訟を続行する必要がある。
したがって、本件請求の目的は、損害の回復であり、信義則に違反せず、権利濫用にも当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 原告の株主構成(乙3の5〜3の8、乙62、丙4の2〜4の4、弁論の全趣旨)
ア 令和2年8月31日時点
原告の株主構成は、R(議決権比率13.3パーセント)及びH1社(議決権比率86.7パーセント)であった。
イ 令和2年9月1日時点
Wに誘われて、被告M及び被告Mの知人であるMI(以下「MI」という。)が原告の株主に加わった。
ウ 令和3年11月4日時点
令和2年9月から同年11月にかけて、約1億3000万円の資金調達が行われ(以下「第一次資金調達」という。)、原告の株主は17名となり、G社も原告の株主となった。
エ 令和4年3月31日時点
令和3年11月から令和4年3月にかけて約8億円の資金調達が行われ(以下「第二次資金調達」という。)、原告の株主は、同年3月31日、17名から28名となり、SO社及び株式会社B2(以下「B2社」という。)も原告の株主となった。
オ 本件口頭弁論終結時点
B2社は、令和5年6月18日までに、H1社に対し、その保有する原告の株式全部を売却し、同日時点において、H1社は議決権比率43.3パーセントの原告の株式を保有しており、Rは議決権比率8.4パーセントの原告の株式を保有していた。(乙41、62、弁論の全趣旨)
原告の令和7年3月28日付け第5期定時株主総会において、Z株式会社(以下「Z社」という。)に対して1000万株の募集株式の発行する旨の決議をし(乙97)、Z社は原告の株式1000万株を取得した。
Wが関係性を有するH1社及びZ社が令和7年5月1日時点で保有する原告の株式は、全体の98.5パーセントとなった。(乙119)
(2) 本件経営会議前の事情
ア 原告は、第一次資金調達後の令和2年12月2日、原告は、オンラインで、本件株主説明会を開催し、Wは、次の内容の説明をした(以下「本件株主説明会における説明」という。)。(乙5、丙6)
(ア) G社の代表取締役である被告Kが営業全般を担当する原告の取締役として就任すること(乙5〔5、15、17、33頁〕)。
(イ) G社を1次代理店とすることを例として掲げた上で、階層型販売網を構築して、本件商材を販売すること(乙5〔39、41、43頁〕)。
(ウ) 本件商材自体を10万台無料配布するなどの圧倒的な価格優位性で市場シェアを取る営業方針をとること(乙5〔21、53頁〕)。
イ 原告は、第二次資金調達の際に、前記ア(ウ)の営業方針や「Yahoo! BBが行った『ADSLモデムの無料配布』のカメラ版」という文言を記載した説明資料(甲1〔18頁〕)を用いて、説明し(以下「第二次資金調達説明」という。)、資金調達をした(甲1)。
ウ 原告は、令和4年1月31日付けの監査法人による短期調査結果報告書において、原告とG社及び原告とSO社との取引は関連当事者取引であり、上場スケジュールの直前々期末までに解消するよう指摘を受けた。(乙51〔20頁〕)
(3) 本件経営会議
ア 原告は、令和4年5月6日、オンラインで本件経営会議を開催し、原告の当時の取締役5名(被告M、W、SH、被告K及びH2)全員が参加した。
イ 本件経営会議において、H2及び被告Kにより、次の内容を含む提案が行われた(以下「本件営業提案」という。)。
(ア) 調達した資金から2.37億円の営業予算を確保し、令和4年内で5万台の配布数を達成することを目標とする。
配布数が最重要KPI(最重要業績評価指標)であり、最短スピードでの台数普及を何よりも優先して戦略を立て、その上で利益や売上を最大化させる戦略を乗せる。(甲4・乙13〔1〜3頁〕)
(イ) 本件商材の試作機であるJ2ベータの24か月契約プランは、①保存期間の差は少なくSDプランが売れやすい、②コミッション条件に魅力はなく、ショット希望、金額増額希望が多く、③契約期間が長く、併売しづらいことが課題であった(甲4・乙13〔6頁〕)。
(ウ) 前記(イ)の課題の改善方針として、ユニーク機能や導入事例がない本件商材について、「初動専用のキャンペーン(年内)」として、「大口法人向け」の「12か月契約プラン」(以下「本件提案プラン」という。)を用意する。本件提案プランは、予算1.5億円の範囲内とするため1万台限定で、本件商材の月額500円(税別)の利用料12か月分を前払する内容の契約であり、また、原告は、G社に対し、G社が本件提案プランの利用契約を獲得した場合、「アクティブ確認後」に、「ショット」、すなわち1回限りのインセンティブとして、1台あたり1万5000円(税別)、その内訳は、インセンティブ5000円、設置コスト8000円、カスタマーサポート2000円として、支払うこととする(甲4・乙13〔7、11頁〕)。
(エ) G社を1次代理店とする階層構造の代理店網を構築し、本件提案プランを活用して3万台を販売し、ビックカメラは2万台を販売する(甲4・乙13〔10頁〕)。
(オ) 営業戦略としては、LTV(注:LTVとは、「ライフタイムバリュー」の略。一社の顧客が、取引を始めてから終わりまでの期間内にどれだけの利益をもたらすのかを算出したものを意味する。)を計算し、P/L(注:損益計算書)では赤字にならないように計算する(損益分岐ライン上までは許容)こと、「キャッシュフローでは負け続けるのでそのスケジュールの認識の了承を頂ける」ことを前提とする(甲4・乙13〔3頁〕)。
そのため、令和4年5月から12月の仕入費用を除く想定キャッシュフローは、インセンティブ等の費用を支出すると、入金を加味しても約1億2800万円のマイナスであり、これに仕入費用1億8800万円が加わることを想定し(甲4・乙13〔3、13、15頁〕)、インセンティブ等の費用を支出すると初年度のキャッシュフローは赤字になるが(甲4・乙13〔13頁〕)、一定数の顧客が本件利用契約を継続すれば、2年目以降は黒字になるよう設定する(甲4・乙13〔8頁〕)。
(カ) 以上を前提に、令和4年内で5万台の配布数を達成するために、営業予算として合計2.37億円(うち1.5億円が本件提案プランの獲得インセンティブ)、仕入予算として1.88億円の予算確保を希望する(甲4・乙13〔2、11、14頁〕)。
ウ 本件営業提案につき、原告の当時の取締役5名全員が承認した。(乙14・丙10)
(4) 本件経営会議後の事情
ア B2社の事業開発部担当部長であったSAが、令和4年5月30日、原告の取締役に就任した。
イ 原告及びG社は、令和4年6月1日、本件契約を締結した。
ウ 被告ら及びH2は、令和4年6月〜同年7月頃、本件インセンティブを最初に支払う段階になり、原告の開発部の担当者から、原告のシステム上、本件顧客がアクティブ化したかどうかを把握する機能が完成していない旨の報告を受けた(被告M本人19頁、被告K本人11〜13頁、証人H2 7、8、39、40頁)。
エ 本件利用契約の獲得は、原告のシステム上で把握され、それに基づき原告がG社に対して支払通知書を発行し、同通知書に記載された本件インセンティブの金額が支払われた(証人H2 6頁、弁論の全趣旨)。
オ 原告は、令和4年7月〜同年9月、G社に対し、本件契約に基づき、令和4年6月〜同年8月に獲得された本件利用契約に対する本件インセンティブ合計6003万2500円を支払った。
原告の経理業務担当の従業員であるCHは、令和4年8月22日、被告M及びH2に対し、G社に対する本件特別プランの獲得手数料である本件インセンティブとして、1057万6500円(本件商材641台×1万5000円×税金)を同年8月25日に支払うことの承認を求めるメールを送信し、同年9月22日、被告Mに対し、G社に対する販売手数料として4871万7481円を同年9月26日に支払うことの承認を求めるメール(以下、2通のメールを併せて「本件各メール」という。)を送信し、Wは、本件各メールをCCの送信で受けた(甲27、乙15の1・2、丙11の1・2、原告代表者56、57頁)。
カ Wは、令和4年10月21日の経営会議において、本件契約の締結は利益相反取引であるにもかかわらず、株主総会での承認決議を得ていない、本件契約を締結しても原告は6000円の利用料しか受領できないにもかかわらず、本件インセンティブとして1万5000円を営業代理店に支払うのはおかしいなどと主張した。(弁論の全趣旨)
2 争点(1)(本件契約に係る利益相反取引該当性、株主総会の承認等及び権利濫用並びに損害)に対する判断
(1) 本件契約の締結は、原告の取締役である被告Kが、第三者である被告Kが代表取締役を務めるG社のために原告と取引する場合に当たり、形式的には、利益相反取引に該当し(会社法356条1項2号)、本件契約の締結につき、原告の株主総会の承認決議はない。
(2) 以上を前提に、原告が、本件契約の締結について、株主総会の承認を得ていない事実を主張することは、信義則に反し、権利濫用であって、許されないかについて検討する。
ア 前記認定事実(2)ア、イのとおり、原告の株主は、本件株主説明会における説明及び第二次資金調達説明において、本件商材についてG社を1次代理店として、階層型販売網を構築し、本件商材を販売する可能性があること、G社の代表取締役が被告Kであり、原告の取締役であること、本件商材の市場シェアをとるために無料配布の営業方針をとることの説明を受けており、本件インセンティブの内容を除き、本件営業提案の説明を受けていたことが認められる。
イ 前記認定事実(3)のとおり、本件経営会議においては、本件営業提案がされ、本件提案プランの内容に加え、G社を1次代理店とする階層構造の代理店網を構築し、本件提案プランを活用して、3万台を販売する計画であることを説明された上で、原告の当時の取締役5名全員が、本件営業提案を承認している。
ウ 令和4年5月30日に原告の取締役に就任したSAは、第二次資金調達において、資本業務提携したB2社の事業開発部担当部長であり、本件契約の締結がされること、また、原告とB2社との間で本件商材に係る代理店契約が締結されることを前提に、原告の取締役に就任したことが認められる。
エ そうすると、原告の令和4年5月当時の株主構成は、H1社、R、被告M、被告Kが代表取締役を務めるG社、H2が代表取締役を務めるSO社、B2社などとなっており(前記認定事実(1)エ)、本件契約の内容(本件特別プラン)は、本件インセンティブを支払うこととなる対象期間を令和4年6月1日〜同年12月末日の1年以内とするなど、本件提案プランの内容と同様であるから、本件契約の締結がされた令和4年6月1日までに、本件契約の締結について、株主総会の決議に付されていれば、少なくとも、H1社(27.7パーセント)、R(8.4パーセント)、被告M(21パーセント)、G社(4.2パーセント)、SO社(0.3パーセント)及びB2社(15.5パーセント)(乙3の8、丙4の4)の賛成(77.1パーセント)により承認される状況にあったといえる(なお、被告Kは、上記承認決議について特別利害関係を有する株主に当たる(会社法831条1項3号)が、議決権を行使することはでき、著しく不当な決議に当たる事情を認めるに足りる証拠はない。)。
オ Wは、原告の設立当時から、原告の取締役であり、本件契約の締結時も、原告の取締役で、現在は唯一の取締役兼代表取締役であること(前記前提事実(1)ア)、Wは、本件株主説明会における説明及び第二次資金調達説明に関与していること、Wが、被告らが原告の取締役であることを認識した上で、本件経営会議で、本件契約(本件特別プラン)と同内容の本件提案プランを承認し、令和4年10月21日の経営会議まで、本件契約の締結が利益相反取引に該当し、株主総会の承認が必要であると指摘していなかったことからすると、Wは、本件契約の締結の利益相反取引該当性を理由に、被告らが株主総会の承認を得ていないことを殊更に取り上げて、被告らの責任を追及しているものと認められる。
カ よって、Wが、令和4年12月16日以降、原告の唯一の取締役兼代表取締役であり、Wと関係を有する株主が、原告の株式の過半数を有すること(前記認定事実(1)オ)も踏まえると、原告が、被告らが本件契約の締結について株主総会の承認を得ていない事実を主張することは、原告の株主に対して、本件インセンティブの内容を除き、事前に説明されており(前記ア)、また、監査法人による短期調査結果報告書において、原告とG社及び原告とSO社との取引は関連当事者取引であり、上場スケジュールの直前々期末までに解消するよう指摘を受けた(前記認定事実(2)ウ)後に開催された本件経営会議において、原告の当時の取締役5名全員によって承認され(前記認定事実(3))、仮に、株主総会の決議に付されていれば、少なくとも、過半数の賛成により承認される状況にあった(前記エ)本件契約の締結につき、後になって、株主総会の承認を得ていないことを殊更に取り上げるものとしてあって、取締役が行う利益相反取引に株主総会決議の承認を要するものとした会社法の規定を不当につまみ食いするものと評価すべきであるから、信義則に反し、権利濫用であって、許されないものと認められる。
(3) この点、原告は、WとH1社及びRとは別人格であると主張する。しかしながら、H1社は、Wの妻であったYが取締役兼代表取締役である会社であり、また、本件契約の締結後であるが、Yは取締役兼代表取締役を辞任し、Wが取締役兼代表取締役を就任していることからすると、Wの判断で、H1社の取締役兼代表取締役を交代することができ、WがH1社の支配株主であると認められる。また、Rは、Wの子であり、本件経営会議及び本件契約の締結当時、未成年である。そうすると、Wが、本件経営会議で承認していた本件契約の締結につき、当時、株主総会が開催された場合、H1社及びRが承認しないとは認め難いため、原告の上記主張によっても、前記(2)の判断を左右しない。
また、原告は、本件訴え提起後、原告の株主からは本件契約の締結についての追認を否定されている趣旨の主張をし、これに沿う「株主の追認について」と題する書面(甲61)を提出するが、いずれも、本件契約の締結後に作成されたものであり、前記(2)エの判断を左右しない。
そして、原告は、本件提案プランの契約期間が1年間であることについて、本件経営会議で説明や承認がされたことはないと主張する。しかしながら、本件提案プランの契約期間が1年であることは、本件営業提案に関して説明する経営会議説明資料(甲4・乙13〔7頁〕)に「12ヶ月契約プラン」と記載されていることから、本件提案プランの契約期間が1年間であることについて説明され、承認されたと認められ、原告の上記主張は採用できない。
(4) 以上によれば、前記(2)のとおり、原告が、被告らが本件契約の締結について株主総会の承認を得ていない事実を主張することは、信義則に反し、権利濫用であって、許されない以上、本件契約は無効であるとは認められず、本件契約に基づき、原告がG社に対し、合計6003万2500円を支払ったとしても、原告に損害が生じたとも認められず、被告らに本件契約の締結につき、善管注意義務違反は認められない。
3 争点(2)(本件インセンティブ支払に係る善管注意義務違反及び損害)に対する判断
(1) 原告は、被告らが、本件契約において本件アクティブ化の支払条件が付されているにもかかわらず、上記支払条件を充足しないまま、本件利用契約に対する本件インセンティブの支払を承認、実行したことは善管注意義務に違反すると主張するところ、本件インセンティブの支払を決定したのは、原告の当時の代表取締役である被告Mであるから、被告Mの判断の過程及び内容が著しく不合理であるかにつき検討し、被告Mに善管注意義務違反がある場合に、被告Kに原告の当時の取締役として監視義務違反があるかにつき検討する。
(2) 本件アクティブ化の支払条件を緩和して、本件インセンティブの支払をするかどうかは経営判断の問題であるから、当該業務を担当する取締役の広範な裁量に委ねられるべきものであり、経営判断の結果として会社に損害が生じても、当時の情報を基に、その判断の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役の当該判断が取締役としての善管注意義務に違反するものではないものと解すべきである。
ア(ア) 被告ら及びH2は、令和4年6月〜同年7月頃、原告のシステム上、本件商材のアクティブ化を確認する機能の開発が遅れていることについて、原告の開発部の担当者から聞いて把握した(前記認定事実(4)ウ)。
また、原告提出の証拠(甲20、66、67)は、令和4年10月に作成されたものであって、本件インセンティブ支払の支払期限のうちもっとも遅い期限である同年9月25日より前に、原告のシステム上、本件商材のアクティブ化を確認できたことは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(イ) そして、被告ら及びH2は、被告Mが、原告のシステム上の問題で営業代理店が獲得した本件利用契約のアクティブ化が正確に把握できないことを理由に本件インセンティブを支払わないということになれば、営業代理店の信頼を失い、営業代理店が離れてしまうことを想定して、本件インセンティブを支払うことを決定したと供述する(被告M本人20、21、43、44頁、被告K本人12、27頁、証人H2 19、20頁)。
上記供述内容は、原告の当時の代表取締役である被告M、原告の当時の営業担当取締役である被告Kの行動として、自然かつ合理的なものといえる。また、仮に、被告Mが、本件アクティブ化の支払条件につき、全く検討せず、また、アクティブ化を確認しようとすれば、確認できる状況であったにもかかわらず、本件インセンティブを支払うのであれば、開発担当部門の取締役であるW(甲27)に対し、本件インセンティブの支払をすることを伝えることを避けるはずであるところ、被告Mに対し、本件各メールの内容が伝わることを避けていない(前記認定事実(4)オ)ため、上記供述内容は信用できる。
(ウ) そうすると、本件インセンティブの支払は、毎月末日にて締め、翌月25日までに支払うものとされていたこと(前記前提事実(2)ア(キ))から、令和4年6月から同年8月までの本件利用契約締結に係る本件インセンティブの支払は、それぞれ令和4年7月から同年9月の各月の25日までに支払う必要があるところ、被告Mが、原告のシステム上の問題を理由に、本件インセンティブを支払わないということになれば、営業代理店の信頼を失い、営業代理店が離れてしまうことを想定し、本件インセンティブを支払うことを決定したことには、本件経営会議で、本件商材についてはその配布数を最重要KPIとし、台数普及を何よりも優先して戦略を立てて、販売することを決定していたこと(前記認定事実(3))からすると、合理性がある。
イ また、本件インセンティブの金額については、1年間の単年度の収支では、原告がG社に支払う本件インセンティブ1万6500円は、本件顧客が原告に支払う利用料6600円を上回っているが、本件インセンティブには、営業代理店へのインセンティブ(5000円)に加え、原告が負担すべき本件商材の設置業務(8000円)及び顧客サポート業務(2000円)の営業代理店への委託分が含まれており、実際、本件契約では、G社が、上記各業務を行うこととされており(前記前提事実(2)イ)、原告は上記インセンティブ5000円を上回る6600円の利用料を得ることができる。また、本件インセンティブ支払に係る6003万2500円は、本件経営会議で承認された本件営業提案での予算1.5億円(前記認定事実(3)イ)の範囲内である。
そして、本件商材に関するインセンティブ支払の不正の防止については、本件契約において禁止事項(前記前提事実(2)ウ)を定めたことにより、抑止効果を期待できる状況にあった。さらに、本件インセンティブの支払当時、被告らに、本件利用契約を締結した本件顧客に利用目的があるかどうかを調査する義務が生じることを根拠づける事実があったことを認めるに足りる証拠はない。
(3) よって、被告Mが、本件インセンティブ支払の当時、原告において、本件インセンティブの支払期限内に、本件顧客が本件商材のアクティブ化をしたかどうかを確認する手段が事実上なく、本件商材の販売代理店との関係を維持するために、本件インセンティブ支払をしたことは合理的であり(前記(2)ア)、本件インセンティブ支払をしても、その金額は本件経営会議で承認された予算の範囲内であることなどからすると、本件インセンティブ支払は相当であって(前記(2)イ)、被告Mが、本件アクティブ化の支払条件を緩和して、本件商材のアクティブ化を確認することなく、本件インセンティブを支払うことは、経営判断として異常なものとまではいえないから、本件インセンティブ支払に係る被告Mの判断の過程、内容に著しく不合理な点があったとは評価できないというべきである。
そして、被告Mに、本件インセンティブ支払につき、善管注意義務違反は認められないから、被告Kに、本件インセンティブ支払につき、監視義務違反を含む善管注意義務違反は認められない。
第4 結語
以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第8部
裁判官 泉地 賢治
(以下、31ページ目の文字起こし)
東京 23-107537
これは正本である。
令和8年1月23日
東京地方裁判所民事第8部
裁判所書記官 佐々木 ルミ子
(職印)
東京 23-107537
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